幾度も訪れ慣れ親しんだメキシコを中心に、世界のスピリッツを伝えるバー「SPIRITS BAR Sunface SHINJUKU」。

新宿駅からほど近く、多くの飲食店が立ち並ぶ西新宿にあるスピリッツに特化したバー「スピリッツバー サンフェイス シンジュク」。こちらを営むバーテンダー江刺幸治氏は、テキーラの銘柄の代表格として有名なクエルボ社主催のカクテルコンペティション『ホセ・クエルボ ドンズ・オブ・テキーラ(第1回 2015年大会)』の世界チャンピオンでもあり、さらにこちらもラム銘柄の代表格であるハバナクラブのカクテルコンペティション『ハバナクラブ カクテルコンテスト 2018』日本大会でも優勝されるほどのカクテルの実力者。
それほどのバーテンダーがいるバーですから、当然ながらお店のオーダーの9割はカクテルだそうです。しかしお話を伺うと意外な答えが返ってきました。
江刺氏「実は私は元々カクテルは嫌いだったんです(笑)。というのも、バーテンダーの仕事は蒸留所の人たちの情熱とか熱意をお客様に伝える架け橋的な役割だと思っていましたので、もちろんそれは今も思っていることですが、バーを始めた当初はカクテルというよりはストレートで飲んでいただくことで架け橋になれるだろうと、ストレートを重視していた時期がありました。ですから千葉で開いた1号店の時はスピリッツを1000種類揃えた程でした。」
── 嫌いと言うからビックリしました。提供方法の選択としてですね。
江刺氏「ですが、そのお酒の特徴や関わる人々の情熱をよく理解した上であれば、それに見合った違う飲み方があってもいいのではないか?と考えるようになりました。その変化の要因は、お酒について勉強をしてより知識が深まり、技術も磨かれ経験も積んでいくことで、その考えを表現するだけの技術が自分に追いついてきたということかもしれません。そうなってくると私は何でもやりたがりの性格ですから、強くカクテルを推していくようになっていきまして、お客様にも喜んで頂けてるという実感も感じられるようになっていきました。」
── そもそもどうしてバーテンダーを目指したのでしょうか?
江刺氏「高校卒業した頃から何か自分のお店を持ちたいと思っていました。例えば料理ができる男になれたらカッコいいなとか。しかし両親の勧めもあって大学に入り経営学を専攻しました。その後は飲食系の企業に勤めていましたが、やはり接客をしたいという事もあって、ダイニングバーで働き始めたのです。そこでテキーラやカクテルに触れお酒の魅力に惹かれて、本格的にバーテンダーを目指したのですが、縁もあって早々にテキーラとカクテルに特化したバーの店長を任されることになりました。」
── その頃からテキーラは身近なお酒だったのですね。
江刺氏「そのおかげでテキーラに対しては元々良い印象を持っていました。こんな面白いお酒があるんだ、こんな美味しいお酒があるんだという亊をその時代に学ぶことができました。それ以来、仕入れも兼ねてメキシコには何度も行くようになりました。
その後はオーセンティックバーやラムバーでも学ばせていただきました。そういった経緯もあってスピリッツに特化しているバーを最初は千葉でオープンさせました。カクテルコンペティションで優勝させて頂いたこともあってか、私はテキーラのイメージを強く持たれていますが、実はオープン当初はラムの方が多かったんです。そして今度はこの2号店を新宿に出させていただきました。」
確かにお店には見たことのないテキーラやメスカルが並び、それらは日本では手に入らない物だそうです。とはいえ、お店にはテキーラに限らず、ラム、ジン、ウォッカ、ウィスキーといったスピリッツが多数並び、ジンなら100種類、テキーラなら150種類といった具合にまさに”スピリッツバー”という様相です。





── 確かにテキーラに限らず、ジンにしても凄い量ですね。
江刺氏「最近はジンもとてもよく出ますね。単純に100種類のジンがあれば100種類のジントニックが作れますから、それはとても魅力的ですよね。ただ当店にはメニューがありませんので、あくまでオーダーはお客様のご希望を伺いながら、こんな感じでどうですか?など会話をしながら決めていくスタイルを大切にしていますので、そこも楽しんで頂きたいです。
メニューがない店は怖いと思われがちですが、実はいちばん安心できると思います。なぜならメニューがないという事はコミュニケーションをよく取るという亊になりますから、それだけお客様のお好みに合ったもの、無理のないものを安心して楽しんで頂けることになると思いますし、そこは当店の大切にしている所でもあります。」
── おつまみのスモークドメニューが気になります。お酒にも合うのでしょうね。
江刺氏「美味しいお肉屋さんに頼んで作って貰ってるんです。ナッツ、枝豆、うずらの卵、オリーブ、レバー、砂肝・・・みんな燻製にしてあります。もちろんお酒にも合いますが、ただこれだけで成立してしまうほどで、とても美味しいですよ。」
── メスカルも多くありますが、最近はメスカルも注目されてきていますね?
江刺氏「メスカルこそカクテルですね。とても癖が強いです。しかし、それを上手く生かしながら飲みやすく持っていくのは、私達バーテンダーの腕の見せ所だと思います。」
── 海外ではメスカルが凄く楽しまれていると聞きます。
江刺氏「もちろんテキーラのほうが消費量は断然多いです。しかしメスカルはテキーラ好きの方に、よりマニアックに楽しまれているんだと思います。当店でも近年は海外のお客様のご来店も多く、やはりテキーラやメスカルのカクテルをオーダーされる方が多いですね。そういった海外の方に逆に海外のトレンドを教えて貰えたりできるのは嬉しいですね。」
── 今後のメスカルの展望はどうお考えですか?
江刺氏「メスカルはカクテルでもストレートでも楽しめますし、私はストレートで飲むのも大好きです。ただやはり一般的に受け入れられるのはカクテルなんだと思います。しかしカクテルに使うためにはメスカルは価格が高く、手頃な価格のメスカルもありますがまだ日本では手に入りにくいのが現状です。これから需要が増えていけばインポーターさんも頑張って頂けるとは思いますが、その辺りが課題になっていくでしょうか。
でもメスカルで作ったカクテルはお客様に非常に評判がいいです。例えばオールドファッションドやネグローニといったスタンダードカクテルを、メスカルに変えたりして提供すると大変喜ばれます。おそらく今までの印象がガラっと変わって、新しい魅力に出会えるのだと思います。」
── カクテルの作り手としてのテキーラの魅力は何でしょう?
江刺氏「基本的にはジンやウォッカと使い方に大きく変わりはないと思います。樽熟成していなければ、フルーツとの相性がいいのは共通しているところですね。ただ私がテキーラを使う時に大事にしているのはそのイメージです。
テキーラは自分の中では”上がる”イメージのお酒なんです。テンションが上がるお酒。ラテンスピリッツがテキーラやラムには存在していて、飲んでいて楽しいお酒なんです。ですから、カクテルにして作る時はその陽気さとか、明るさが表現できるように心掛けていますね。」




そんな江刺氏にやはり優勝カクテルを作って貰いたいという願望を叶えていただきました。メキシコで行われた真のテキーラ・チャンピオンを決める世界大会「ホセ・クエルボ ドンズ・オブ・テキーラ」。異国であるメキシコの蒸留所で行われたとはいえ、当時で既に6度目のメキシコ訪問だったことが氏にとっては大きかったそうです。それまでに幾度も現地で過ごしてきた長い時間が、自身にホーム感を与えてくれて落ち着いた気持ちで大会に挑むことができたそうです。
その時の優勝カクテル『Dons of soul』。大会名にちなんで名付けられたこちらのカクテルは「僕らやメキシコの人たちの魂を込めた一杯になれば」という思いから付けられたそうで、レシピまで教えて頂けました。
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『Dons of soul』
クエルボ・エスペシャル・シルバー 48ml
フレッシュライムジュース 10ml
フレッシュレモンジュース 10ml
アガベシロップ 1tsp
トマト 30g
赤パプリカ 10g
黄パプリカ 10g
赤トウガラシ 1ピンチ
ハンドブレンダーを使い、濾しながらシェーカーに入れてシェイク。
ガーニッシュはピンクペッパーと、ボブズ・コリアンダービターズ。
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爽やかで華やかな香りから、口に含むととても滑らかな口当たりでありながら、ほんのりとした心地の良い辛みも繊細に効いた逸品。ご本人も”マルガリータのツイスト”と仰るだけあって、マルガリータ特有の爽快さも感じられつつ、しっかりとした複雑な風味が楽しめる非常にコクのある飲みごたえでした。
江刺氏「クエルボはクセの強いテキーラですので、これだけの種類を入れてもきちんとテキーラ感を残してくれます。他の洗練されている銘柄だとこのカクテルでは活かすことができなくて、クエルボならではのカクテルだと思います。
第一回大会というのもあって王道でいきたいという思いから、有名なマルガリータのツイストという形で、さらにメキシコ原産の食材を使うことを意識しました。そこにもうひと工夫して、ピンクペッパーとコリアンダービターズでサルサソースをイメージし、ガーニッシュも飾って、緑・白・赤のメキシコ国旗カラーに仕上げました。そしてメキシコで昔から深く愛されてきた文化、伝統をこの一杯に閉じ込めました。」
── ブレンダーを活用されておりましたね?
江刺氏「例えばパイナップルやピーマンといった生のフルーツや野菜などを使うときは、私はブレンダーを使って味を液体の方に瞬間浸透させるという方法をよくしています。3つオーダーが入ったら3つともブレンダーを使うこともある程です(笑)さらにブレンダーを使っても繊維質が残りますから、それを濾して舌触りが滑らかになるようにしています。」
── レモンとライムの2つの酸味を入れていました。普段も含めてカクテルを作る上でのこだわりを教えてください。
江刺氏「酸味の立体感を出すためにレモンとライムの2つを使いました。カクテルを作る上で大事にしていることはバランスですね。味の五味を五角形にして、粘度とか温度で立体的にしていくようなイメージでしょうか。そこに材料の相性で色を塗る。それが丸い立体であればもちろんバランスがいいですが、あえて尖った部分を両サイドに出してバランスを取りつつ個性を出したり。そういうバランスを大事にしています。そこにストーリーが加わったりするのも面白いですね。」
── 最後にこれから初めてご来店される方に一言お願いします。
江刺氏「とにかく行ってみたいと思ったら来てください(笑)。そして来ていただければ、楽しめるようにいたします!」
今年の春にはオーストラリアのクラフトジン「フォーピラーズ」のカクテルコンペティションにも出場し入賞を果たすほど精力的に活動している江刺氏。コンペティションに限らず、自身にとって惹かれるものがある事には挑戦していきたいという気持ちが強いそうです。世界のスピリッツを国内外に広めてくれている、まさに「架け橋」となっているバーテンダーの一杯をお楽しみください!