ミクソロジーカクテルの先駆け!常に新しいスタイルを追求しつづける西麻布の「Bar 霞町 嵐」。

昨今「インフュージョン」というスタイルのお酒や、それを使用した技法が注目を集めています。インフュージョンは、様々なフルーツや野菜、ハーブなどをスピリッツに漬け込んだお酒のことで、日本で馴染みのある梅酒はインフュージョンの一種と言えるかもしれません。そういったハンドメイドで作られた個性的なお酒をカクテルの材料として使用することで、他にはない唯一無二のカクテルを生み出すことができるというわけです。
そんなインフュージョンの技法を十数年ほど前から取り入れ、その先駆けとも言えるバーテンダーがいます。
東京・西麻布にある「Bar 霞町 嵐」の竹田英和氏は、かつてスノーボードの選手だったことがあるそうで、その時代にアルバイトをしていた飲食店の料理人の方々、例えばイタリアン料理店であればシェフの方が、そのお店でしか食べれないペペロンチーノやボンゴレビアンコを作ろうと、日々研究している姿を目の当たりにしていたと言います。
その姿から大きく影響を受けた竹田氏は、自身がバーテンダーになったときにも、ベースとなる銘柄選定や副材料の素材選定にこだわるだけでは飽き足らず、「それならブレンドしてみようかな」と、自然と研究心が芽生えたそうです。
竹田氏「初めは料理の発想からでした。この味にもう少し香りを付けたいな、とか。自分が求める味に仕上げたいという思いから漬け込みを始めていきました。当時はインフュージョンやミクソロジーといった言葉は知られてない時代で、最初の頃は”漬けものおじさん”なんて呼ばれていました(笑)。そうして続けていくうちに、ああ、これってインフュージョンって言うんだと気づきました。」




── 海外ではインフュージョンやミクソロジーというのは以前からあったのでしょうか?
竹田氏「今に近い形が一般的に広がったのは20年ほど前でしょうか?スペインのエル・ブジに見られるような液体窒素でエビを揚げたりするような、ガストロノミー系の化学的アプローチで料理を作るようなところから派生して、パティシエやバリスタ、バーテンダーなどにも影響を与えていった流れがあります。
当店は私で三代目のオーナーになるのですが、初代の店長さんなどがミクソロジーというスタイルを早々に取り入れ始めた経緯があります。今のミクソロジーは当時のそれとはかなり変化していますが、当時としては斬新だった採りたてのイチゴやトマトを使ってカクテルを作るというスタイルが、とても受けていました。」
── 化学的アプローチというのはどういったものがあるのでしょうか?
竹田氏「例えば当店には遠心分離機があります。これは本来は医療用の血液を分離させる道具ですが、これにトマトを入れてアミノ酸とかリコピンといった旨味成分や色素成分だけを抽出し、それをカクテルの副材料として使うようなことをします。
あるいは液体窒素を使って素材そのものをフリーズさせて、本来バーテンダーが伝えたい旨味をそのままフローズンカクテルとして表現したり、水素水や酸性水が作れる医療用の生成器を使って水割りを作り、水が分離しないお酒だけを押し上げた、今までに味わうことのできなかった水割りに仕上げるといったようなアプローチがあります。」
── 素材そのものに変化を加えるというアプローチなんですね?
竹田氏「小難しいことを言ってるように聞こえてしまうかもしれませんが、結局は美味しいところを抽出して作りたいということなんですね。そのアプローチが科学的な機械を使うというだけで、和食において昆布や椎茸のダシを取って旨味を抽出するのと同様のことをしているに過ぎません。
ミクソロジーに基本というものはないんです。新しいスタイルを求めつつも、あくまでお客様が美味しいと思えるものを作ることが目的なんです。」
── 今までのカクテルのスタイルとはまた違った魅力がありますね。
竹田氏「それでいうと、スタンダードカクテルをオマージュしてお出しするツイストカクテルというスタイルもあります。例えばビールとトマトジュースを使ったレッドアイというカクテルがあります。当店は日本酒で有名な八海山が造る生ビールを置いているのですが、その八海山の生ビールに合うように、レッドアイ用の自家製トマトジュースを様々なスパイスなどを入れて作っています。
でもこれは完全なオリジナルカクテルではなく、元々あるレッドアイというスタンダードカクテルを、ここでしか飲めない味に仕上げているということになります。これもツイストカクテルの一つですね。」



そのツイストカクテルの一つとも言えるカクテルを竹田氏にお作り頂きました。「日本に特化したジントニックを作ってみたい」という思いから生まれたジントニック「Jトニック」です。いくつかの日本産クラフトジンをブレンドし、そこへ日本特有のボタニカルを漬け込んだインフュージョン。これをベースに、ライムや柚子ビターズを加えた逸品です。スッキリとしたジントニックの中に、優しく、どこか懐かしいフレーバーのいくつかのボタニカルが、決して前に出過ぎず繊細に、本当に繊細に香る優美なジントニックでした!
── カクテルを作る上で大切にされていることは何でしょうか?
竹田氏「味わいを球体にしたいというイメージをいつも思っています。カクテルでよく使われる表現に三味一体というのがあります。ベースとなるお酒に、甘み、酸味がそれぞれバランスよく整っている状態のことです。その状態を二次元とするならば、そこに旨味や深み、コクなどを加えて三次元の球体に完成させて初めて食道の中へと入っていく、ということを私は目指しています。
その為には例えばジントニックでしたら、いくつかのジンからどのジンをどのようにブレンドすればその球体に近づくかを考えていくわけです。さらに季節によって人の感じ方も変化しますから、微妙に配合を変えていくようなこともしています。」
── カクテルコンペティションにも出場し続けていますね?
竹田氏「挑戦していたいという気持ちの表れですかね。バーも競争の激しい外食産業でもありますし、また今の若い人はお酒を飲まない傾向にあると言われてる中で、バーテンダーも常に新しい味、新しい技術を追及し、新しい知識を取り入れていく必要がありますし、そこが本当に肝だと思っています。」
コンペティションでいくつかの受賞をされながらも出場し続けるその姿勢は、氏がバーテンダーの「肝」だとする向上心を、自分自身や関わる人々に”言葉ではなく姿勢で示す”という強い気持ちがあるんだと感じました。そういった行動力は他にも表れていて、竹田氏は「チャリ部」と称してバーテンダー仲間数人と、チャリティ活動もされています。熊本地震などの被災者支援のためにカクテルパーティを開催し、その収益を寄付しているそうです。とても素敵な活動ですね。
ミクソロジーカクテルはある程度料理の技術も必要だと竹田氏は仰るだけあって、お店のフードメニューも多彩。中でも人気なのは数日煮込んで作るというアレンジを加えたタイ料理のガパオライスや、スペイン料理のアヒージョなどで、お腹を空かしたお客様にもお応えできるようにご用意しているそうです。
まずは丹精込めて造られたインフュージョンを使用した、渾身のカクテルをぜひ味わってみてください!