バーの発展に尽力するバーテンダーがいる東京の下町・向島のお店「BAR Bee」。

ボストンクーラーというラムをベースにしたスタンダードカクテルがあります。都市の名前が付いたシティカクテルの一つとして、そしてクールスタイルのカクテルとして、その代表格と言えるカクテルです。「昔は発音の聞き取り方の違いもあって、ボストンクールと呼ばれていたんです。」そう笑顔で話して頂けたのは、東京・向島にある「BAR Bee」のオーナーバーテンダー山田隆之氏。同店に入ると一枚板のロングカウンターが印象的で、非常に落ち着きのある雰囲気を醸し出しています。ここ東京の下町で中華料理店を営む家で生まれ育ち、その地元でバーを開いて既に21年を迎える氏に、これまでの歩みやバーの現状についてお話を伺うことができました。




── 中華料理がメニューにあると伺って驚いたのですが、どういった経緯があったのでしょうか?
山田氏「実は私の父親は祖父の代から受け継ぐ氷の卸業と兼業して、中華料理屋も営んでいたんです。そんな環境で育った私が大学受験で上手くいかなかった時に、父親が満面の笑みで差し出してきた封筒に入っていたのは調理師学校の願書でした(笑)。受験に上手くいかないことで相当に怒られると思っていましたので、意外な対応の父親に驚いたことを覚えています。卒業後はすぐに実家を継がずに、ある有名な中華店の方に誘われてそこで修行を重ねました。今思えばそこでの経験がバーテンダーの仕事に対しても大きく影響を受けたのだと思っています。」
── どのような影響を受けたのでしょうか?
山田氏「素材を生かす大切さや難しさを学びました。どんなに良い素材を使ってもそれを生かすことができなければ美味しい物を作れませんし、逆にもっとプラスαを加えることができればより美味しいものができます。これはカクテルにも共通することです。ただ何ミリ入れれば良いという訳ではなく、素材であるお酒の特徴を理解しどう生かすかが大事になってくると思います。」
── その後、実家は継がれたのですか?
山田氏「はい。その後7年間父親と一緒に営んでいました。しかし地域の状況が様変わりして経営も難しくなっていく中で、当時お洒落で華やかなイメージがあったバーに通うようになり、バーの仕事への憧れを抱くようになっていきました。そして地元には全くなかったバーを開きたいという思いが強まっていき、ご縁もあって浅草のバーORANGE ROOMさんで昼間は家業をしながらダブルワークで修業をさせて頂きました。そして父親が引退することを決断したことを期に業種転換したのです。」
── バーに転換してからはいかがでしたか?
山田氏「幸いなことに地元の方々や当時移り住んできた方々、特に女性の方々に支えていただけまして、口コミで広がるような形で順調に営んでいくことができました。今でもそうなのですが女性のお客様は非常に多くて、とにかく皆さんお酒の飲み方、バーの利用の仕方が本当に上手ですね。」
── 上手といいますと?
山田氏「例えば、バーという空間に自分自身の居場所を作りその時間を楽しむ事であったり、自身が求めているお酒の好みを表現するのも女性の方は非常に上手です。私たちバーテンダーとしても、お客様の好みなどを伺ったりしながらディスカッションしていければ、よりその方に合った美味しいお酒を提供できますので、そういうコミュニケーションを大切にしたいですし、またそれがバーの楽しみ方の一つでもあると思っています。」
── 日本バーテンダー協会の浅草支部長も務めておられますが、そこにはどのような思いがあるのでしょうか?
山田氏「バーテンダーも一人の人間なんですね。それぞれ家庭を持っていたりします。昔は、バーテン=フーテンなどというイメージで扱われている時代がありました。あなたのお父さんのお仕事は何?と聞かれた時に、堂々とバーテンダーと言えてリスペクトされるようにしていきたいという思いがあります。その為には、ただプライドを持ちお店の中で待っているだけではなく、ボランティアで社会へ貢献をしたり、様々な周知活動をしたりして、表での活動をしていかなければいけないと思っています。ただ、いくつかの問題もあります。」
── どのような問題でしょうか?
山田氏「どうしてもアルコールですので、飲酒運転や未成年への提供などハードルがありますね。無料でどこでもいつでもお酒を配るというわけにもいきませんし、会場側に常に受け入れて貰えるわけでもないですから。あとはバーテンダーの育成でしょうか。バー業界ももれなく人手不足ですし、昨今は若い男性はお酒を飲まない、興味をもたないという傾向があるようです。若い世代では女性のほうがむしろお酒に興味を示してるような統計をみたこともありますし、実際にそういう風潮は様々な活動をしながら感じることがあります。そうなってくると職業としてのバーテンダーに憧れも持たなくなるのではという危機感を感じています。そういう意味では女性バーテンダーが昨今増えてきているのもうなずけますね。」
── 確かに女性のバーテンダーが増えた印象はあります。
山田氏「そうなってくると、これは女性だけに限りませんが、どうしても昼夜逆転の生活で肉体的にキツイこともありますから、働き方改革じゃないですけど、週休2日制にするとか働きやすい環境を整える必要も出てくると思いますし、そういう改革をしているお店も出てきています。」



多くの経験やお立場もあって、とても広い視点でバーやバーテンダーのお仕事と向き合っておられるんだと感じました。そんな山田氏にお薦めのカクテルをお願いすると、出てきたのは冒頭の「ボストンクール」。氏はバーを開業後も熱心に先輩バーテンダーから教えを頂いたそうで、その中でも湯島にあるBAR EST!(バー・エスト)の渡辺氏に、休みの日などを利用して勉強をさせて頂いたとのことでした。
山田氏「渡辺さんにはカウンター越しに全てをさらけ出すような形でご伝授して頂きました。それを自分たちの技術でどこまで再現できるかと。まぁ、なにせ同じようにはできませんでした(笑)。同じ材料や器具を使っていてもです。」
その時代の思い出の一つであるボストンクールを頂くと、柑橘系の香りが漂うとても爽やかな飲み口でした。バカルディラムをベースに、ジンジャーエルではなくソーダを使用し、オレンジピールで香りをつけた逸品。通常砂糖にはガムシロップやパウダーシュガーなどがある中で、あえて上白糖を使うそうです。
山田氏「上白糖は当時から変わらずあるお砂糖でもありますし、果汁にとてもマッチングしやすくカクテルの地を作るのに非常に適してるんです。」
── 他にもカクテルを作る上で気をつけていることはありますか?
山田氏「人によって身体つきも違うわけですから、同じシェイキングでも違いが出てきます。ですから決まったやり方というのは存在していなくて、この仕上がりにしたいからこうやって作るんだというものが、バーテンダーには求められているんだと思います。あくまで着地点から逆算していって、その為にはどうすればいいか? あくまで作り方ではなく、美味しいと感じる着地点を目指して作ることを大切にしています。
そういう意味でもカウンターを中心にすることには意味があって、目の前でお客様の様子を見たりお話ができる為、好みはもちろん、その方がどのようなものを食べてきたのか?一杯目には何を飲んだか?などの情報を知りやすくなります。当店がこれだけ長いカウンターにしたのもそういう理由からなんです。」
── これから初めてくる方へ一言お願いします。
山田氏「話をしたい時でも、話をしたくない時でも、もっと言えば自分自身が嫌でしようがない時ですら、過ごせる空間がバーにはあります。入りづらいという事も確かにあるでしょうが、”入りづらい”ということは、むしろお客様を守ることができるという事でもあります。まずは一度足を踏み入れて頂ければと思います。」
地元を大切にされながら、広い視点で様々な活動をされてる同氏。父親の家業を継いでからバーを開業するまでの長い背景や今の思いを教えて頂いてから、改めて店内を見渡したりメニューに目を通すと、その深い心情が伝わりとても温かい気持ちになりました。尚、中華料理のメニューは一部を除いて月曜~木曜に限定だそうで、特にシェリー酒と合わせるのもお薦めだと伺いました。是非味わってみたいですね。